『これだよ、これを待っていたのさ。この勝つか負けるかの狭間を走るワクワクする感覚を。』
信州でも新緑の色彩が眩しくなってくる5月中旬。
昨年に引き続きロードレースに出走するため、軽井沢を訪れた。
昨年の結果は年代別で4位。
惜しくも入賞を逃しただけに、今年は入賞を勝ち取りたい気持ちはある。
一方で体調面を考えると強くは押せないところもあり、調整して走る必要があるレースにはなるだろう。
ただ、これらは単なる事実でしかないため特段神経質になったり悲観的になったりすることもなく、落ち着いた心境ではあったが、去年のようなレース前のワクワク感はあまり無かったようにも思える。
1年前に同じレースを走っているからなのかもしれないが。
昨年は前々日入りしたが、今年は都合により前日入り。
17:30頃からホテル近くのレストランで早めの夕食を楽しんだ後、夕刻から薄明かりの頃に掛けて軽井沢本通りを散歩していると、美しい夕焼けを見ることができた。
明日の天気予報は曇りのため、今回のロードレースで青空を眺められるのは今夕が最後だろう。
闇に包まれる空に別れを告げて部屋へと戻り、20:30頃に就寝した。
起床は4:30過ぎ。
空を眺めるとやや重い感じの雲が、均一に近い色合いで空を覆っていた。
この時期は晴れると日差しが強くなるためそれはそれで良いのだが、出走時間には気温は19℃程度に上がる予想のため、涼しさはあまり期待できそうにもない。
軽く朝食を取り、身体を伸ばしてから4km程軽く走って温めた後、8:00頃にホテルを後にした。
今回宿泊したのは旧軽井沢 ホテル音羽ノ森の別館。
クラシックな洋風の外観および内装で、調度品も美しく綺麗なホテルだった。
そこからのんびりと移動し、最寄りの駐車場に着いたのは8:30頃。
そこからアウトレットのモールを歩く。
この通り、薄い雲が空を覆っている。
午後は雨の予報だが、直ぐに降り出しそうな感じもなかった。
8:45頃に会場に到着すると、既に多くのランナーで賑わっていた。
スタート位置にも多くの選手が並んでいたため、自分も列に加わろうと歩いていると、
「青木さん!」
聞き覚えの呼び声にふと右を振り向くと、プロランニングインストラクター兼マラソン解説者で有名な金哲彦さんの姿があった。
昨年同様、今年もゲストランナーとして参加し、場を盛り上げてくれるあの金さんである。
「おお、金さん!」
と返した後に少し立ち話を。
最後に、「優勝狙ってください!」と笑顔で向けられたので、「年代別の方では頑張ります!」と答えてその場を後にした。
先週の多摩川のロードレースで軽井沢に参加する旨はお話ししていたとは言え、実際に覚えていてこうして声を掛けていただけるのは、とても有難い。
スタートは既に長蛇の列になっていたが、所々スペースも散見されるため適当な位置に入り込み、少し前へと移動した。
スタートラインからは10-20m後方だろうか。
数秒で通過できそうなので影響も殆ど無いだろう。
その場に立って少し身体を伸ばしていると、金さんのマイクパフォーマンスが左の方から聞こえてきた。
掛け声と応対という声の熱気に包まれる会場。
スタートはもう直ぐだ。
パーン!
軽井沢町長が空へと向けて放つ号砲が轟く。
お祭りの始まりだ。
まず最初の1kmは落ち着いて入りたいところだが、ポジションが悪いので前に行く必要がある。
と言うことでスピードを上げて線路側から一定数を抜いて行くことにした。
200m程で先頭の白バイが遠くに見えて来たのでやや減速したが、全体の30-40番目位には上がれただろう。
一先ずはこれで良い。
後は一定にペースで走りながら徐々に順位を上げて行こう。
スタート直後の直線から左に折れた後、アップダウンを伴うトンネルを通過すると北陸新幹線の線路の反対側へと至り、旧軽井沢方面へとコースは伸びて行く。
軽井沢本通りを北上するセクションだ。
最初の1kmはスタートダッシュもあったので3:20。
まあこんなところだろう。
ここからはプラン通り、心拍をコントロールしながら3:30-3:35/kmの間で巡行しよう。
現在の身体のコンディションならば、そのまま行って74分台でゴール出来れば合格点だ。
恐らくそのタイムならば年代別で入賞もできるだろう。
若干の上り基調である本通りを軽井沢銀座手前で左に急カーブして、離山通り(旧中山道)を南西へと進む。
ペースは1km毎にしか確認していないが、3:35をやや下回る位が平均で、心拍も160台後半〜170辺りなので問題ない。
朝に軽く走って身体を目覚めさせていることもあり、動きもまずまず良いと思う。
更に今回は高低差も然程なく、コーナーはあるもののカーブは少なく直線が多いコースの特性を考えて初代アルファフライをチョイスしたので、下り基調のセクションはスイスイと進んでくれるので楽でもあった。(但しコーナーはアンダーステア気味になるのだが)
数キロ地点で一度、前からの順位を告げる声が入る。
どうやら25番手前後を走っているようだ。
市民マラソンは前半飛ばして後半落ちるランナーが多いので、このまま行けば10番台は堅いだろう。
スタートからほぼ5km地点である南ヶ丘入口の交差点を抜け、新幹線の線路の上を通過する高架道路辺りに差し掛かる。
ここから先は長い直線になるため、前を見渡すと疎に走るランナーが数人見えた。
近くを見ると早くもペースが落ちて来ているランナーも居たので、少しだけスピードを上げて横を通過する。
まずは10位台には上げられそうだ。
そのままストレートを駆け抜け、6km地点辺りで他の集団と合流する。
記憶している順位では、15位辺りの集団だ。
暫くはこのまま行こう。
新緑の緑に包まれた爽やかな空気の中、軽やかな気持ちとテンポで進んで行った。
コーナーを大きく90度右に切って7km地点を過ぎ、また暫くして同様に90度右折して500m位走ると8km地点が見えて来る。
この2度目の曲がり角手前に給水地点があったため、紙コップを手に取り水を落ち着いて水を口に含んだ。
周囲を確認すると、先程までは5人居た約15位の集団も2人がこぼれ落ち、3人になっている。
この位のペースならば問題なく押して行けるが、前に1人、2人見えて来ているため、この先の下りを利用して集団を振り切り、その前のランナーの後ろに付いてみるのも良いかもしれない。
そんなアイディアも頭に浮かぶ。
余裕もあるので、後半への貯金を作っておくのも良いだろう。
結果的にペースアップを選択して、9km過ぎからの下りの直線を用いて集団を一気に引き離した。
中間点を過ぎると左手に湯川ふるさと公園が視界に入る。
通過タイムは36:51。
おおよそ3:30程度だろうか。
入りの1kmが早めのペースだったことと、前半が下り基調であることを踏まえると、まあこんなところだろう。
公園内のセクションはカーブが多いため、初代アルファフライを履いていることもありやや慎重に通過した。
公園を後にすると、中軽井沢駅へと向けた直線に入った。
ここでまた前が見える。
既にトップのランナーは折り返した後だったが、1桁順位のランナー達もセンターライン右側を個人であったり集団であったりで駆け抜けて行く。
このセクションは中軽井沢駅手前の折り返し迄が上り、そこからは下り基調となるため、ややここでペースを落としているランナーも居た。
前方を走る選手もその1人だ。
その背中に沿道から声掛けがあった。
地元の選手なのだろう。
やや申し訳ないような気もしたが、追い抜けそうなので後ろに付いて少し様子を伺う。
行けそうな気配だ。
ストライドを広くして横に並び、前へ出る。
すると彼はすぐさま対応して後ろに付いた。
ここまでは計算通りだ。
そのまま折り返しを過ぎ、下り基調に入る。
ここは上げて一気に突き放そう。
そう判断し、スピードを上げると、後ろに聞こえていた足音が段々と遠去かっていった。
13km地点を過ぎると、このコース唯一の長い上り坂が待っている。
ただ、去年に走った経験もあるし、何より石岡つくばねハーフマラソンのコースに比べると傾斜については全く大したことはない。
ただ、コンディションのことを差し引いて考えないといけないので、脈拍を175程度以上に上げないように確認しながら、やや前傾姿勢を取りつつ腿を上げて坂を登る。
このセクションは長い直線になっているので、前にもまた1人選手の背中を見ることができた。
ただ、現在の順位が10番台前半であることと残りの距離を考えると、あと1、2人パスするのが精一杯だろう。
少しずつ詰めて行ければ御の字だ。
去年に比べると楽に上り切った後、右にカーブを切ると遠目に15km地点が見えてくる。
前のランナーもかなり近付いてきたが、ここから先のセクションはコーナーの連続のため、上りで少し乱れた呼吸を整えつつ一定の速度で巡行することを心掛ける。
左に左、右左と16km地点を超えてジグザグに進むと右手に日大の研究所があり、そのコーナーを抜けた先に4つ目の給水所があった。
いつもならハーフマラソンの時は給水は1回しか取らないが、今日は念のため2回目の水のカップに手を伸ばす。
テーブルの端のカップを狙ったため、問題なく手に取ることができた。
17km地点を過ぎて鋭いコーナーを左に折れると、南ヶ丘入口の交差点に向けた高架道へと伸びる直線に至る。
レースの終盤の入り口と言ったところだ。
前を走っていた選手にも直ぐそこと言うところまで追い付いていたため、少しペースを上げて並んだ後に前へ出た。
その先は100m位で高架への上りだ。
この流れを上手く利用して突き放そう。
そう判断すると上り手前から一気に加速して上りへ。
その先にカメラマンが居ることは昨年のレースで知っていたので、彼に向かって手を振ると(写っているかどうかは知らないが)、下りに入ってもう一段ギアを上げた。
その直ぐ先の18km地点を過ぎると完全な単独になった。
後ろから聞こえる足音はかなり遠いし、前のランナーの姿も見えない。
と思った矢先、コーナーを約90度右に曲がると、100m位先に選手の背中が目に飛び込んでくる。
もう1人。
残りは3km。
これは行けるかもしれない。
ややペースは落ちたものの3:35/km程度では走れているので、誤差範囲のようなものだろう。
足も未だ動くしここまで抑えて来ているので未だ余裕もあった。
ラストスパートのエネルギーを残しつつ、今のペースで巡行することもできそうだ。
ラスト勝負に持ち込めるかもしれない。
面白くなってきた。
長い直線を抜けて右に曲がり、ホテルサイプレス軽井沢の脇を左に折れると19km地点を知らせる看板が見えてくる。
前の選手との差はどうか。
少し詰まっているようだ。
レース後半でじわじわと追い上げて行くのはいつものことだが、いつも以上にこの感覚が今日は楽しいような気がした。
『これだよ、これを待っていたのさ。この勝つか負けるかの狭間を走るワクワクする感覚を。』
心の中でそんな風に言葉を発する。
19km地点を過ぎてコーナーを左へ右へ2つ曲がると、本通りへ繋がる直線に至った。
近い。
これは少なくとも並べる。
ラスト勝負ができる。
楽しい、楽しいぞ。
足にも力がこもった。
復路の軽井沢本通りは短い。
距離にして200mあるかないかだろう。
軽井沢駅前の交差点を左に曲がると20km地点が目前に迫る。
前を走っていたランナーの直ぐ後ろに付いた。
勝てるかどうかは未だ分からないが、余裕ならばペースが落ちたとしても最小限だろうから、追い付けたと言うことは少なくとも疲労はそれなりにあるはず。
この後は新幹線の線路を潜る形でトンネルを走るコース。
まずは下ってそれから曲がり、次に上ってトンネルを抜ける。
その後、ゴール迄のラスト数100mは直線だ。
となると、何処で勝負を仕掛けるか。
トンネル後半の上りで行っても良いが、最後の直線まで引っ張られてスプリント勝負となると厄介になる可能性もある。
それに対してトンネル下りを利用して加速し、そのままロングスパートで突き放す場合はどうか。
こちらならまず大抵の選手(但し同年代に限る)にはまず負けないだろう。
彼が同年代以上かどうかは分からないが、最も勝ち目があるのは後者だ。
これで行こう。
トンネルに入り、視界が暗くなったと同時に鋭く加速を始めて前に出る。
下りのストレートはアルファフライの長所が活かせる場面でもあり、後ろを振り返らずとも差が広がっていることは分かった。
行ける。
そのままスピードを落とさずにカーブを右に切ると、上りでも出来る限り減速せず、なおかつ脈拍も180程度に抑えながら走り抜ける。
上り終えて右コーナーを曲がり、ラストの直線へ。
そのままスピードを保ちつつ、ゴールへと至った。
記録は1:14:45。
ネットタイムは1:14:37であったため、スタートラインを抜けるまで8秒掛かった計算になる。
意外と掛かったなという印象だった。
順位は総合11位、年代別だと3位に入り、入賞圏内へと滑り込むことができた。
こちらは後日お送りいただいた部門3位入賞の表彰状と副賞のコーヒー。
さて、今期もレースシーズン終盤。
最終レースについてはどのレースにするか少し考えたが、2024年6月9日に北海道美瑛町で開催される美瑛ヘルシーマラソン 2024に決めた。
エントリーしたのはもちろんハーフマラソンの部だ。
順位は40歳以上部門にて3位以内を目途に快走したいと思うが、可能であれば優勝、総合でも3位以内を目指して走ってみたいと思う。
どれだけ力のあるランナーが出走するかに左右されるため達成できるかは分からないが、自分の身体を向き合いながら挑戦したい。
何より大好きな初夏の美瑛の風景を楽しみながら走れたら幸いだ。
最後に、家族を始め今回も応援してくれた全ての人に感謝し、筆を置きたいと思う。
ありがとうございました。