「ありがとうー!」
観測史上最も温暖だった秋が過ぎ、冷込みが増した初冬の頃、埼玉県の小川町を訪れた。
今回の目的は小川和紙マラソンへの出走。
信州を訪れることが多い身としては、道中で通過することは何度もあったが、落ち着いて訪問したことは今日が初めてだ。
日帰りでの行動範囲内なので、今回は早朝に起床して向かうことにした。
実のところ11月中旬に高熱で体調を崩して数日間寝込んだこともあり、現在は回復途上。
症状からして恐らくインフルエンザだったのだろうが、真偽の程は定かではない。
そこから2週間強で急ピッチで仕上げて来たこと、更にアップダウンが豊富なコースからも、タイムを狙うのは難しそうだった。
とはいえ入賞(部門8位以内)は最低限のこと、前回の上田古戦場ハーフ同様に部門3位以内に入ることを目標としたい。
そのため、74分台半ば辺りが1つの目安になるだろうと考えた。
当日は特に寝坊することもなく目覚め、朝食はリンゴを1個。
身体を解すとともに筋肉に刺激を入れるためのストレッチと軽めの体幹トレーニングを行い、自宅を後にする。
未だ辺りは暗く車通りも殆どない中、一般道から高速道路へ。
道中カステラを摘みながら、時折明るくなってきた東の空を見つつ車を進める。
所々現れる電光掲示板をチェックするが、特にこの先も渋滞は無いようだ。
そのまま順調に進み、最寄りのインターチェンジを降りて駐車場へと向かった。
会場となる小川小学校に最も近い駐車場へと向かうと既に満車となっており、周囲に目をやると参加者と思しき人達が歩いていた。
駐車場入口のスタッフに話を聞くと、少し離れた駐車場を案内してくれたので、電車の高架下を潜る細い道を抜けそちらへ向かう。
車で3分程離れた住宅街に在るこちらの駐車場は車も少なく、問題なく止めることができた。
ここで車内で着替え、荷物を一通り纏めた後に会場へと歩を進めた。
駐車場から会場へは徒歩で10-15分と言ったところ。
晴れ間が見えるも雲が支配的な空模様のため、かなり寒く感じた。
建物の間から時折抜けてくる隙間風も冷たく、スタート時刻の午前8時50分まで、いかに身体を冷やさないかが大事になって来るだろう。
交通規制は未だ始まっていないため歩道を進みながら、信号で何度か止まっては風上に背を向ける。
想定よりも寒いとはいえ、レースとなるとこの位の気温のほうが走り易いところもあるので問題はないだろう。
少なくとも自分にとっては暑いよりは全然良い。
小川小学校へと到着すると、既に多くのランナーで賑わっていた。
時計に目を落とすと未だ8時過ぎと、スタート時刻まで余裕もある。
一応ということでトイレを済ませ、校庭内でクルクルと軽く走りつつ時折ウインドスプリントを入れてアップ。
太陽は未だ雲隠れしているが、身体は少し温まってきた。
もう直ぐ8時半。
レース開始地点へと移動しよう。
スタートライン近くまで足を運ぶと、申告タイムで区切られた幾つかのブロックに分かれての整列となっていた。
自分の場合は1時間20分以内なので最前列のエリアとなる。
途中、ゲストランナー達である大東文化大学の選手達も見掛けた。
人数の多さから、箱根駅伝に向けた練習の一環での集団走といった位置付けだろうか。
彼らにも注目したいところだが、恐らくスタート開始直後でお別れとなるだろう。
自分のブロックへと至ると見掛けたことのある顔が視界に入る。
春先の上里町乾武マラソンや、10月の上田古戦場ハーフマラソンを一緒に走った埼玉県の市民ランナー・石田潤さんだ。
もはやお互いに顔見知りのため、どちらからともなく声を掛け談笑。
来年のレースの予定など情報交換をするとともに、今日もまた午後から風が強くなるという貴重な情報を石田さんよりいただいた。
つまり今は微風に近いもののこれから段々と風が強くてなっていくということだ。
風向きまでは分からないが、後半は風に注意した方が良いかもしれない。
話を楽しんでいたら、いつの間にかスタート5分前に。
号砲の時間が近付く。
周囲を見渡すと自分達と同様に笑顔を浮かべるランナーも居たが、緊張感で引き締まった表情の選手の方が多いように思える。
小川町の年間二大行事の1つとだけあって、気合が入っている参加者も沢山居ることだろう。
この雰囲気がまた何とも良い。
ワクワクするのだ。
パーン!
レース始まりを示す乾いた音が、冬の澄んだ空気に響く。
同時に最前列に位置取った大東文化大学の選手達20人位が駆け出し、続いて2、3列目に控えていた自分達もスタートラインを越えていく。
最初の2km手前辺り迄は平地のため、集団を抜けることも考えてややスピードを上げた。
前の集団を追い抜くために道路の右端辺りへと移り、一気に10番手前後へと躍り出る。
コース前方に目をやると、もはや大きな集団はなく2、3人の集まりや単独走の選手がチラホラ見える位だった。
コースは前半が10km過ぎ迄上り基調、後半が下り基調。
このため、通しで3:30-2/km位と考えると、まずは上りの区間を3:35/km前後で抜けておきたい。
最初の1kmは平地のため3:20。
まぁスタートダッシュも考えるとこんなところだろう。
2km手前から上り坂へ入る。
少し急なので、誰かの後ろに付いた方が良さそうだ。
5m程前方に黒い上下の選手が走っていたため、少しスピードを上げて彼の後ろを走ることにした。
後ろからも足音が聞こえて来るが、同じように考えているランナーである可能性が高いので、特に気にする必要もないだろう。
2kmの通過は3:38。
傾斜がそこそこある上りの区間があったので、序盤ということも考慮するとこんなところだろう。
この辺りはコース全体が峠道のようで森に覆われているため、陽の光が届かずひんやりとしている。
ここから先は下りを挟み、7km地点辺り迄は小刻みなアップダウン、そこから先が本格的な上りの区間。
それまでは3分20秒台で或る程度タイムを稼いでおきたいところだ。
そんなことを考えながら落ち着いてレースを進めて行った。
高い木々に囲まれた区間を過ぎ、直線に入ると時折温かな陽射しも感じられるようになる。
それと同時に沿道からの声援も増え始めてきた。
このような寒い日なのに有難い。
腕振りにも少し力が籠る。
幾つかの緩やかな上り下りを過ぎると5kmのサインが。
時計を見ると17:22。
少し位置にズレがあることを考えても、17:24位で通過だろう。
均すと3:29/km。
十分に許容範囲と言える。
ここから上りで3:40-50掛かって前半を3分30秒台後半で終えても、後半の下り区間を3分20秒台平均で駆け下りられれば、74分台半ばで纏められるだろう。
前方に視界を広げるとやや急な傾斜の上り坂が見えてくる。
『さて、ここからだね。』
そう心で呟くと、少し身体を前傾させて気を引き締めた。
7kmから8km迄は上り坂が延々と続く。
標高にすると約80mから約130mとなり、1kmの間に50mも上ることになる。
比較的傾斜も急で後半区間もまだ長いことから、ここは4分近く掛かるかもしれない。
ただ、ここまでが3分30秒を切ったペースで来られているので、多少スピードを抑えても余裕を残した方が良いだろう。
前を走るブラックユニフォームのランナーの背中は少しずつ遠ざかったり近付いたりを繰り返していたが、後ろの足音は全く聞こえなくなっていた。
前方を見渡すと遠くに1人、2人の選手が見えるが、差は広がったりも縮まったりもしているように見えないため、意識しなくても良さそうだ。
上りが苦手な自分としては、まずはこの坂を乗り越えること。
その先のことはピークを過ぎてから考えよう。
増えて来た沿道の声援に後押しされ、10km過ぎの最高地点を目指して進んだ。
8km地点へと至る。
この1kmは3:53。
取り敢えずは持ったな、というところだ。
11月中旬に体調を崩してからというもの長い距離の練習はお世辞にも十分に詰めていなかったので、スタミナにはやや不安は残っていたものの想定よりも走れている感覚はある。
ここから先は一旦20m程下った後にまた同じ位の高低差の急坂を上り、更に緩やかなアップダウンを挟みながら再び20m程上り最高地点へと至るようだ。
8kmから9kmは下りもあるので3:30、次の1kmは急坂が主だが3:46でカヴァーした。
この1kmを3:50掛からなかったのは、この先を考えると良かったと思う。
10kmの通過は手元の時計で35:25。
10km地点の通過は35:35前後だった。
ペースにして3:33-34で、ターゲットタイム通りでは進んでいる。
10kmから11km迄の1kmはやや上り基調ではあるもののアップダウンも少なく3:33。
事前に見ていたコースマップでは、この先のトンネル区間を含むやや急な坂が最後の上りだ。
前の黒い上下の選手に再度追い付く。
トンネル内は向かい風も感じられるため、風除けになっていただく狙いもあった。
ここさえ越えれば残りはほぼ下りと平地。
いけそうだ。
足元が太陽の光で段々と明るくなってくる。
隧道の出口が近い。
その先を左に折れれば下りに差し掛かる。
『よし、乗り切った!』
そう思った。
しかし、左に舵を取って顔を上げた瞬間・・・言葉を失った。
前方には先程のトンネル内と同じ位の傾斜の急坂が続いていたからだ。
「ま、まだあったのか!」
思わず笑ってしまい、漏れ出した心の声が静かな森に広がった。
それと同時に若干力が抜けてしまい、付いていた前の選手との間隔が広がる。
そしてあっという間に10m以上の差が付いた。
おおっと、と思ったがこれは仕方ないだろう。
『話が違うぜ・・・!』
今度は心の中で呟いて、再び脚に力を込めて真のコース最高地点を目指した。
11kmから12kmは3:52掛かってしまった。
だが、走ってきた距離と傾斜のキツさを考えると、上手くカヴァーできた方だろう。
12km地点を少し過ぎると最高地点を迎え、そこから18km地点付近の比較的短い急坂迄は、細かなアップダウンは幾つかあるもののほぼ下り一辺倒となる。
13kmから17km迄のラップタイムは3:26-3:20-3:23-3:25-3:25。
事前に大方想定した通りのペースで走れている。
復調途上の現在、スピード練習の積み重ねも未だ出来ていなかったので、最後までスタミナを持たせるならばこれ以上上げることは難しいが、このペースなら走り切れる余力はあった。
県道30号線に別れを告げて17km地点を過ぎると最後の上りに差し掛かる。
この時の交差点がT字路だったのだが、曲がり方が90度よりも鋭角でV字カーブのようになっていたので、曲がるついでに後方を見ると何人かの集団が走って来ていた。
見るに、大東文化大学の選手達だ。
この先で並ぶのは間違いないので、そのスピードを体感する良い機会になるだろう。
もうゴールまで3km位なので、出来る限りスピードを維持しながら坂を駆け上がり18km地点を通過。
この1kmはほぼ3:40。
まずまずだろう。
コースは大河小学校の脇を抜け、大きくU字カーブを描いて県道11号線に合流、スタート地点へと緩やかに下っていく。
先程の大東文化大学の集団走の選手達が、この辺りで追い付いてきて横に並んだと思うと前に出た。
未だ余裕はあるので少し付いてみる。
感覚的には3:20辺りか。
恐らくそのペースで一定に刻む集団走の練習という位置付けなのだろう。
19km地点を通過。
この1kmは3:22だった。
とすると、3:15-20の間かもしれない。
傾斜も緩やかになり平地に近くなっており、このスピードで押していけないこともないが、行ったところでダメージも大きそうに思える。
難しい選択だ。
今日は記録を狙えるコンディションでもコースでもないことを考えると、1月のハーフにピークを持ってきた方が良さそうだ。
ここは少し落としていこう。
少しずつ彼らとの差が広がっていく。
力の差が歴然ではあるものの、箱根駅伝に出場するチームの選手達が、ロードでの集団走でどのようなペースで走るのかを体感できたのは良い収穫だった。
あと500m程で残り1kmとなる頃、更に増してきた沿道の声援の中から一際目立つ、「がんばれー!」という少年の声が耳に飛び込んできた。
コース左の歩道辺りを見ると、小さな旗を持った少年がこちらを見ながら声を張り上げてくれている。
直感的に、この声援には何らかの形で応えたいと感じた。
もう一段上げられる余力と、左肩から肩甲骨辺りの疲労感とが、対応についてせめぎ合う。
(恐らくこの疲労感の原因は、最近使い始めたiPhoneなどを腕に装着できるアイテムの影響だ)
ここで、ふと初めてハーフマラソンを走った昨年5月の軽井沢の時を思い出した。
声援に応えて手を振りまくっていたら、タイムが付いて来ず入賞を逃してしまったという経験だ。
レースを思い返し、今後は声援には心の中で応えることにして走りにだけ集中しようと最初は考えたのだが、沿道で応援してくれた方にSNS上で(応えてくれたランナーのことはきっと忘れないと思うという類の)コメントをいただき、やはり声援には(少なくとも幾つかは)応えようと考えを改めた。
ならば、ここで応えなければ男が廃る。
「ありがとうー!!!」
少年の横を過ぎる時、左手を少し上げてガッツポーズをしながら大声で感謝のメッセージを送る。
すると、「がんばってー!!」と先程とはひと回り力の入った応援の言葉が背中を後押ししてくれたので、右手を高々と突き上げてペースを少し上げ、20km地点を目指した。
やや下り基調ではあるものの、体感的にはほぼ平地となる辺りでコースは20kmを迎える。
腕時計の軽い振動と音がラップタイムを知らせてくれる。
3:24。
先程の少年のお陰で良いペースを維持できた。
ありがたいことだ。
トータルでの走行時間も確認すると、70分を過ぎた辺り。
或る程度の差ができた前の選手の背中も段々と近付いてきてはいたが、現状を考えると無理をしてペースを上げることもないように思える。
順位も部門では2位か3位辺りだろうし、今日はこのまま行くことにしよう。
残り1kmの表示を過ぎて小川町駅入口の交差点を越えると、右手に小川警察署が見えてくる。
ゴールも直ぐそこだ。
小学校校庭手前の歩道橋を抜けると21km地点。
この1kmは3:30でカヴァーできた。
欲を言えばもう少しスピードを維持したかったが、高熱の後はロング走があまりできていなかったので仕方ない。
そのまま会場の脇を抜けて右に折れるとゴールのゲートが目に飛び込んできた。
時計は74分を少し過ぎた辺り。
よし、今日のところは予定通りだ。
そのままゴールラインを抜け、フィニッシュした。
記録は1:14:27。(ネットタイムは-3秒)
順位は部門3位で入賞、総合でも8位だった。
走り終わった後は校庭の端の方で少し休憩。
風がやや強くなってきていたので雲間からの陽射しを浴びて身体を温めていると、石田さんの姿があったのでレースについて少し話をした。
その後は表彰式まで時間があったので、軽く脚を動かしてダウンをしたり出店を見物。
暫くすると召集が掛かったので体育館前の表彰台へと足を運び、トロフィーや表彰状を頂いた。
こちらはトロフィーを拡大したイメージ(以後、帰宅後に自宅で撮影)
銅の部分は金属でできていて重みがあった。
また、和紙マラソンらしく表彰状も和紙だったのだが、同時に頂いた表彰状収納具(ファイルのようなもの)も和紙で出来ていた。
また、副賞については以下のとおりで、小川町産のお米(マラソン米)1kgを筆頭に、とうふ屋さんのクッキー、小川町産ぶどうジュース、うどんなどを頂戴した。
このような紙袋に入っていて・・・
中身はこちら。
お米1kgは、物価高が叫ばれる昨今では嬉しい賞品と言える。
さて、今シーズン3戦目となる次回のロードレースについては、1ヶ月後の2025年1月に栃木県下野市で開催される、第19回 下野天平マラソンを予定。
天平の丘公園付近で開催されるため、天平マラソンなのだろうと勝手に思っているが、コースマップを見る限りではほぼ平坦で走り易いコースであったと記憶している。
寒い時期のため体調を崩すこともあるだろうし、どのようなコンディションで当日を迎えるか分からないため、タイムについては何とも言えないところだが、順位については今回と同じ部門3位以内に入り入賞したいと思っている。
最後に、家族を始め今回も応援してくれた全ての人に感謝し、筆を置きたいと思う。
ありがとうございました。