2025/3/30 第23回 南アルプス桃源郷マラソン



『よーし、行こう! ここで行くのが男ってものだろ!笑』


陽射しも暖かくなり、関東南部のソメイヨシノ達も満開の声が各所から聞こえてきた頃、山梨県の南アルプス市を訪れた。


山梨県自体には、日頃からレジャーは勿論のこと、時たま日常的な買い物で訪れることもあるため、居住地の東京都および神奈川県に次いで多く訪れていると思うが、南アルプス市を訪れることは久し振りのこと。
もしかしたら、何年か前に櫛形山の見晴台から富士山を眺めた(撮影した)時以来かもしれない。
今回の目的は南アルプス桃源郷マラソンへの出走。
そのため、カメラは持って行く予定は無かった。


当日の朝は午前6時頃に起床。
レースの開始時刻が午前11時15分のため、起床時間も他のレースの出走時と比べると比較的遅い。
そのため、朝食もいつもはリンゴ(半分)とカステラのみだが、この日はリンゴを1個にフルーツジャムをたっぷりと塗った食パンを食し、出発時間迄のんびりと過ごすことに。
自宅からは2時間を掛からずに指定駐車場へと至れる距離だが、駐車場から会場へのシャトルバスの最終時刻が午前9時30分であること、また休日のため渋滞なども考慮して出発は午前7時30分頃にすることとした。


ゆっくりと身体をほぐした後に、部屋の窓から外を見渡す。
雲が広がっていたが、天気予報によるとこの後は段々と晴れてくるらしい。
現地の想定気温は午前11時で15℃とそこそこ上がるような予報となっている。
そこに強くなってきた春の陽射しを浴びることを考えると、10kmとは言え給水にも気を付けて走る必要があるかもしれない。
そんなことを考えながら、前日に纏めておいた荷物を片手に車へと乗り込んだ。


一般道から中央高速道路へ。
この高速道路と言えば上り線・下り線ともに小仏峠付近の渋滞が有名だが、この日は天気は悪くはないのにも関わらず殆ど渋滞も無く快適にこのセクションを通過。
スムーズに最寄りの甲府南ICへ至ることができた。
そこからは、主に県道12号線(韮崎南アルプス中央線)を経由して、指定駐車場であるコストコホールセール 南アルプス倉庫店(オープンは2025年4月11日を予定)の駐車場へ。
目的地付近も混雑はなく、駐車場内も車が比較的多く止まってはいたものの、特に問題無く区画を確保してシャトルバスへと乗り込むことができた。


バスに揺られること10~15分程度だろうか。
程なくして会場となる櫛形総合公園へと到着すると、既に多くの選手達で賑わっていた。
シャトルバスの発着場から直ぐに見えたのは受付のテントと足湯や物販などのテント。
スタート地点の道路やゴール地点となるスタジアムは少し離れた場所のようだ。
受付を済ませ、パンフレットなどを戴く。
この後は着替えて軽く身体を温めて走り出すだけだが、時計に目を落とすと現在時刻は午前10時を回ろうとするところだった。
スタート迄は1時間以上ある。
折角なので、公園を少し散策してみることにした。


受付から道を挟んで反対方向に在る櫛形コミュニティプールの脇を抜け、スタジアム方面へと足を運ぶ。
途中、左手には幾つもの遊具が見え、何人もの子供が楽しそうに遊んでいる様子が見えた。
マラソン大会の会場であると同時に、走ることとは関係を持たない地元の人にとっては、いつも通りのお休みの日で、子供を連れて公園に遊びに来ているのだろう。
再び前を向いて道の奥の方を見ると幾つもの出店が軒を連ねていたが、桜も咲き始めていることだし、お弁当を持って来ている家族もまた多いのではないだろうか。
そんなことを考えながら露店の広場を抜けて右に曲がると、ゴール地点となる日世 南アルプススタジアムが見えて来た。
中に入れるようなので足を踏み入れてみると、鮮やかなブルータータンの陸上トラックの上に表彰式用の表彰台が設けられている。
今日はここに上ること、それも3位以内で立つことを目標として走ることとしよう。


気が付くと良い感じに時間は過ぎて、時計の針は午前10時30分を過ぎた辺りを指していた。
そろそろ準備を始めるとしようか。
来た道を戻り、受付のテント裏の櫛形総合体育館脇へと赴く。
ここは比較的人通りも少ないため、さっと着替えを済ませた後にインナーマッスルへの刺激入れを実施。
その後は軽くストレッチなどをし、軽くウォームアップをしながらスタート地点へと向かった。


スタート15分前程度ではあったが、地点は既に多くの人が集まっていた。
この頃になると曇っていた空の雲が解けてきて、晴れ間が多く望めるようになり、時折真っ直ぐな日差しも肌を刺激するようになってきた。
ただ気温は思ったよりも上がっていなかったため、今のところは太陽の光が寧ろ心地良い位だ。
スタートエリアについては想定タイム毎に簡単なブロック分けがされていたので、スムーズに1番前のエリア(想定タイム40分以内)へと至る。
辺りを見回してみると本気度が高そうなランナー達が真剣そうな面持ちで佇んでいたが、中には前回大会の40歳代部門優勝者・依田 崇弘さんのように、リラックスした表情で談笑している選手も居た。
そんな中、1人の選手が最前列のブロックに現れる。
ゼッケンナンバー633の西中山 宏さんだ。
今回、自分が最も注目している選手で、西中山さんとともに再びレースを走れることが楽しみの1つでもあった。


刻一刻と時間は過ぎ、レース開始時刻が近付いてくる。
その間、ゲストランナーである藤原 新さんの挨拶や、こちらもまたゲストランナーである東京農業大学の選手達3人の紹介などが、スタート地点左前の特設ステージで行われた。
スタートラインの向こうに目をやると、緩やかな上り坂が広がっている。
コースは大まかにはチェックしてきたが、最初の最初から上りで始まるとは想定のやや斜め上と言ったところなので、気を引き締めて行くとしよう。
ちなみに今回のレースプランは特に無い。
高低差が100mある難コースだが、10kmを34:20切りでカバーできれば目標タイムの36分切りも現実に見えてくるだろう。
ただ、タイムは二の次で、3位以内に入ることが絶対条件だ。
敢えてプランを言うならば、安定感抜群の西中山さんの後ろに付かせていただいて(どの程度付いて行けるかは分からないが)、暫く様子を見ながら走ってみると言ったところだろう。
そんなことを考えながらワクワクしていると、スタート1分前の声が耳に入ってくる。
10秒前からカウントダウンが始まると、賑やかだった周囲は静かになっていった。


パーン!


競技の開始を告げる乾いた号砲が、澄んだ春の空気を貫く。
その音に呼応して、最前列の選手達が一気に駆け出して行く。
上手くリズムを合わせて自分も反応、前方の若い選手達の後ろに付き、まずはスタートの混雑からは抜け出すことができた。
そのまま少しの時間、緩やかな上り坂を進んでいると、想定通り西中山さんが後ろからスッと現れ、前へと躍り出た。
ここまでは想定通りだ。
後方に移りペースを確認する。
かなり速いが付いていけない程ではなさそうだ。
予定通り行ける所まで行ってみよう。


最初の1kmが過ぎ、西中山さんが時計を確認する。
自分も確認しても良かったのだが、西中山さんの安定性には或る種の絶対的な信頼を置いているので、確認は不要と判断して目は落とさなかった。
ここで1つのアイディアが浮かぶ。
今日は敢えて時計を見ずに走ってみてはどうだろうか。
面白い、採用だ。
そんなことを考えていると、背後から聞こえてきた力強く地面を蹴る音が、段々と大きくなってくる。
そして誰かが横に並んだ。
前回40歳代部門の優勝者である依田さんである。
これは前半の40歳代部門は三つ巴の戦いになるかもしれない。
西中山さんを筆頭にした3人の集団は、そのまま曲がりくねった緩やかな坂道を駆け上がって行った。


直角よりもやや鋭く右に曲がるコーナーを抜けると、少しだけ下り基調の直線に入る。
少し先が2kmの地点だが、その頃には依田さんは集団から遅れて西中山さんと自分の2人の集団となっていた。
直線の先に目を移すと若い数人の選手達が見える。
彼らとは割と差が付いてしまったようだ。
ただ、目先の問題はそこではないので良しとしよう。
2km地点を通過。
西中山さんのペースは相変わらず安定している。
初見のコースのため、本当に助かると改めて感じたのだった。


1km程の直線を走り、交差点をほぼ左に直角折れると、再び上りの区間に差し掛かる。
ここまでの1kmは西中山さんの前に出て少し自分が引っ張ったり、また西中山さんが前に出て引っ張っていただいたりと、先頭の交代が何度かありつつ足を進めていた。
そして3km地点手前辺りで、1人のランナーが後ろからスーッと現れたかと思うと、こちらとは明らかに異なるスピードで我々を抜き去り前へ出た。
その体躯からして身軽に思えたが、本当に身体が軽いのだろう。
ふわふわと漂う雲のようにとでも喩えたら良いだろうか、スライドするように坂を駆け上がって行く。
明らかに上りに適性があるタイプだ。


『おお、これは何とも軽やかじゃないか。』


などと思わず関心してしまったが、それも束の間。
対抗心が沸々と湧き上がってきた。


『ここは行かなければならない。』


年代としては若いが、ポイントはそんなことではない。
何故なら、彼は自分と全く同じCW-Xのシャツを着ていたのだ。


『よーし、行こう! ここで行くのが男ってものだろ!笑』


直ぐにペースを切り替え地面を蹴る脚に力を込めると、そのまま西中山さんを横からかわして前へ出て、先行して行った同じシャツの彼への追撃を開始する。
とは言うものの、上りでは彼には横に並ぶどころか追い付けそうにもなかった。
年代が若いということもあるし、現実的に上りで戦うには身体のスペックが違い過ぎる。
それでも、下りで追い付けるかもしれないので、今出来ること(差を最小限に留めること)はしておきたい。
そう心に決めると、残りの上りの距離(6km地点からは下りに入るため、3km弱)を考えながら、出来る限りの速いペースを維持しながら段々と厳しくなる傾斜を駆け上がって行った。


櫛形北小学校の辺り(1km~2km)の角度の鋭い右コーナーと同じようなコーナーを再び右に曲がり、
スピードを保ちながら4km地点となるコーナーを今度は左に曲がって、白根支所の脇を通過する。
前の彼との距離は少しずつ広がっているが、同時に大きな差と言う程のものでもない。
それも少なくとも現時点ではの話で、残り2kmでどの程度広がるかは未だ分からなかった。
もはやここまで来ればペースも何も関係無い。
身体と相談しながら、出来る限り速いペースを保ちつつ6km地点を目指すだけだ。


5km地点を過ぎて暫くすると、遠くに6km地点の交差点が視界の隅に確認できるようになってくる。
この辺りは直線になっているため、前の彼よりも前方の様子も見えるのだが、東農大のユニフォームも視認することが出来た。
ゲストランナーの3人のうちの1人だろう。
流石に先着するのは難しいだろうが、何が起こるか分からないのがロードレースである。
とは言うもののそれは二の次、まずは同じシャツの彼に追い付くことだ。
彼との差はというと更に広がってしまい、100m程度は離れてしまったように思える。
これだけ距離があると流石に盛り返すことは厳しいかもしれないが、もう直ぐ下りに入る。
そこからゴール迄で、出来る限り詰めてみることにしよう。


富士電機㈱を右手に堰尻川の手前を左に折れて、県道107号線に別れを告げる。
この交差点がちょうど6km地点となり、ここからはほぼ下り一辺倒だ。
段々と厳しくなる傾斜に体力を削られながらも、スピードを上げられる余裕は未だそれなりにある。
それに、先程の彼とは未だ離れたままなのだが、下りに入って2人の選手の背中が近付いてきていた。
誰かは分からないが、1人は東農大のゲストランナーのようだ。
彼らを追い掛けていると、コースは途中から県道12号線(韮崎南アルプス中央線)に合流。
道幅が広くなり、走り易くなった。


6km掛けて上ってきた道を4km程で下るため、下りの方が傾斜は全体的に厳しいが転がり落ちる程でもない。
そのため、上りで絞り出してしまうと、思ったよりもスピードが上がらないのではとも思えた。
自分はと言うとその辺りは或る程度計算していたので、まずは2人に追い付くことを考えて更にスピードを上げる。
すると、7km地点前後で彼らに追い付くことができた。
そこからは3人で暫く並走。
2人の様子を伺ってみる。
1人は中々厳しそうな雰囲気だが、もう1人(東農大の選手)は未だ失速しそうもない。
この辺りは流石と言ったところだ。
自分としてもここから更に上げるのは厳しいが、このペースならば下りの区間は持たせることが出来るだろう。
今の雰囲気だと、東農大の選手との一騎打ちになりそうだ。
そんなことを考えながら荒くなってきた呼吸を制御しつつ、8km地点を目指した。


7.5km地点を過ぎる頃には集団は既に2人に。
必死に前を追ったからか、同じユニフォームの彼の背中は少しずつ近付いてきていた。
とは言うものの未だ7,80mは有りそうだ。
彼を追うことに集中するためにも、東農大の選手とは決着を付けておかなければなるまい。
3人の集団の時に少し溜めていた力をここで使い、脚に力を込めて走る速度を上げると、
横に並んでいたグリーンが基調のシングレットを来たその選手が少しずつ遅れて行く。
まさか彼も、自分が一般的にはオジサンの部類に入る選手に後れを取ったとは思うまい。
少しだけ喜びを嚙み締めた後、目線も気持ちも前へ。
8km地点を通過。
ここから先は自分との戦いだ。


交差点を右に折れ、県道12号線から県道10号線へと足を進める。
この10号線の区間は短く、平坦な区間を経て若干上ると、大和川の手前でコースは左に折れるので直ぐにお別れだ。
曲がったら直ぐに9km地点のお知らせが顔を出し、ゴール地点の櫛形総合公園を目指して更に下って行く。
前の選手の背中は少しずつ近付いてきているように見えるが、下り基調のため中々一気に詰まらない。
流石にこちらもこれ以上スピードを上げるのは厳しくなってきた。
10km地点が近付いてくる。
そう言えば敢えて時計を見ることを止めていたため、今のタイムは不明だった。
一応、10kmの通過だけは確認しておくか。
と言うことで10km地点を知らせる標識の横に差し掛かった時に、一瞬視線を手元に落とす。
34分ジャスト。
残り500m、3:20/kmペースで行ければ35:40位でゴール、36分は優に切れそうだ。
このまま行こう。
残っている力を絞り出して地面を蹴った。


10km過ぎの交差点を左に折れると、いよいよ櫛形総合公園へと続く最後の直線へと至る。
前との差は数秒程度迄縮まっていたが、距離ももう残りが少ないため追い付くことは難しそうだった。
寧ろ、よくここまで近付くことが出来たものだと自分を褒めて上げたい気持ちが若干湧いてくる程、余力は殆ど残っていなかった。
追い付ける日もあれば、追い付けない日もある。
レースは生き物とも言える所以だろう。
最後のコーナーを右に曲がり競技場へ。
すっかり強くなった陽射しの下のブルータータンはいつもよりも眩しかった。
そのまま、トラックを半周弱駆け抜け、両手を上げてゴールテープを切る。


記録は35:42。
順位は40歳代部門(237人中)で1位、総合(1,042人中)では8位だった。
肝心な同じシャツを着た彼との差は7秒(35m程)と、惜しくも敗れはしたが、或る程度詰めることは出来ていたようだ。


レース後、序盤に後ろに付かせていただいた西中山さんと、ご挨拶も兼ねてお話をする機会を持つことができた。
信州で走り続けている西中山さんが東京都の八王子市のロードレースに出走されていたことがあったため経緯をお聞きしたり(筆者である私は八王子市出身であることもあり)、夏場の練習についてなどもお話いただけて良かった。
また、自分のことを少しでもご認知いただけたなら幸いだ。
暑い時期は白樺湖でも練習されているとのことなので、(私も白樺湖で走ることが年に何回かあることもあり)、もしかしたら再びお会いできるかもしれない。
それもまた、夏合宿の楽しみの1つとしたいと思う。


レース終了後暫く待っていると表彰式の呼び出しがあった。
その頃にはすっかり空も晴れ、暖かい日差しが降り注いでいた。
表彰台前に集まり椅子に腰掛けていると、再び西中山さんとお会いし、少し談笑を。
その後壇上に登りトロフィーと賞状を頂戴し、想定していなかったインタビューにたどたどしい回答をした後に、会場を後にすることに。
まさか部門優勝をするとは思っていなかったが、順位はどうあれ西中山さんと隣同士で表彰台に登れたことは、このロードレースの1つのハイライトとして思い出に残ると思う。
最後に、上りの前で1枚記念写真を。


重量があるトロフィーは中々に重厚感があり、素敵な物だったのでご覧いただきたい。
(帰宅後、表彰状とともに自室にて撮影)


さて、次のロードレースの出場予定は、5月11日に青森県の横浜町で開催される、よこはま菜の花マラソン。
こちらも部門3位以内入賞を目処に快走したい。
記録については、10km部門のため調子が良ければ33分台半ばを狙っていきたいところだが、少なくとも34分台半ば位では走り切りたいと思っている。


最後に、家族を始め今回も応援してくれた全ての人に感謝し、筆を置きたいと思う。

ありがとうございました。